ご自身でセットしたというスタイリッシュヘアがピッタリの米岡さん。現在、新進気鋭のマラソンランナーとして、夢に向けて邁進しています。競技を始めてわずか5年。彼の急成長の理由と走ることの原動力を探っていきましょう。

Profile 米岡 聡よねおか・さとる/1985年9月6日生まれ、30歳、神奈川県出身。170cm、54kg。筑波大学附属視覚特別支援学校→日本大学文理学部卒業。10歳のときに網膜はく離を発症。以来、悪化しないよう激しい運動を避けて生活する。読書やバンド活動などを楽しんで過ごすも、20歳の時に転機がありマラソンの世界へ。25歳で競技に転向。すぐに頭角を現し次々と自己ベストを更新。2015年4月の国際盲人マラソンかすみがうら大会で自己ベスト2時間50分39秒をマーク。2015年4月、三井住友海上※入社。

※三井住友海上
三井住友海上は、あいおいニッセイ同和損保と同じ「MS&ADインシュアランス グループ」の一員です。
「MS&ADインシュアランス グループ」は、三井住友海上、あいおいニッセイ同和損保、三井ダイレクト損保、三井住友海上あいおい生命、三井住友海上プライマリー生命の5つの国内保険会社を中心とする保険・金融グループです。

偶然の出会いで「若い人はスポーツしなくちゃダメ!」

 10歳の時に網膜はく離を発症。「これ以上視力を落としたくなければ運動はしないほうがいい」と医者に言われ、それからは一切運動をせずに、本を読んだりピアノを弾いたりする生活を送ってきました。それでも、20歳になる頃には、だいぶ視力が落ちてしまい、「治りますか?」と聞くと、医者に「医者として治せると自信を持って言えない」と言われてしまって…。それなら何か運動しようかなと考え始めたのです。でも、障がい者スポーツはサポートしてもらわなければできないところがあり、新たなコミュニティを探さなければなりません。どこへ行ったらいいのか、何をしたらいいのかも分からず、なかなか行動を起こせずにいました。そんな時に、偶然の出会いがあったのです。

 ある日、新宿駅を歩いていると、僕が迷っているように見えたのか、女性の方が「お手伝いしましょうか」と声をかけてくださったのです。実は僕自身は迷ってはいなかったのですが(笑)、せっかく声をかけてくださったのだからサポートしていただくことにしました。たまたま帰る方向が一緒でしたので、電車に乗っていろいろ話をしたところ、その方が視覚障がい者ランナーの伴走者をされている方だったのです。「あなた、何かスポーツはやっているの?」と聞かれ、「いいえ、僕は何もしていないです」と答えると、「ダメよ!あなたみたいな若い人がスポーツしなくちゃダメ!」と怒られてしまい…。この時のことは今でも強烈に覚えています。すぐにその場で「興味があったら連絡してきなさい」と名刺をくださいました。

 とはいっても、いきなり初対面で名刺を渡され、「連絡しておいで」と言われても、「なんか怪しい」と思うじゃないですか。高価なツボでも買わされるのではないかと(笑)。連絡してみようかどうか、すごく悩みましたが、思い切って電話をしてみたのです。すると、その方が「まずは、来週ある、私の仲間内の練習会に参加してみたら」と誘ってくださったので、翌週にその方が主催している練習会に行ってみることにしました。

 それまで全然運動をしていませんでしたから、最初は控えめにウォーキングから。約10kmの距離を散歩感覚で歩いて、その日の練習は終わりました。が…、しかし!「明日、マラソン大会があるから出てみたら」と、またしてもいきなり誘われたのです。さすがに「それはちょっと…」と戸惑いましたが、「5kmの部もあるからそれならいけるでしょ!」と言われて、なんだか騙された気持ちで行ってみたのです。そしたら10kmの部からしかなくて。本当に騙されたって感じでしたよ!(笑)。この10kmが僕にとっては初マラソンとなりました。もちろん走るのは久しぶり。いやぁ、きつかったですね。その時、8km地点ぐらいから走れなくなって歩き出してしまい、結局、完走はしたものの、立ち止まったりしてしまったので、少し悔しくて。走るのって楽しいな、またやりたいなというよりも、その悔しさがあり、最後まで走れるようになりたいなと思ったのです。それでその方に代々木公園で行われている伴走クラブの練習会を紹介していただき、少しずつ練習会に参加するようになったのが、走り始めたキッカケです。